ガールガールガール第二話!

2話 アンニュイ・マイシスター

「はぁ……」
朝の通学路にて猫子は溜息をつく。
まるでその重さが肩にのしかかってくるようで、猫子はただでさえ小さい背を更に丸めていく。
結局、一睡もできなかった。その証拠に目の下には大きなクマができている。
あれだけの時間がありながら、猫子は納得のいく答えを出せないでいた。
いや、その表現は適切ではないかもしれない。
何せ猫子にとって告白はこれまでの人生で考えられないシチュエーションだったのだ。恐らく、これからも。
更にその相手が同性ともなれば、与えられた期限は少ないと言って差し支えないのではないだろうか。
猫子は元から優柔不断なのも多量に関係してはいるが。
(何でこんなことに……)
本来ならば、いつものように冴えないながらも健康な顔つきで登校していたはずである。
しかしその姿は見る影もなく、猫子の心情をそのまま吐露したかのような暗さに満ちていた。
ダウナーな、という言葉は正しくこのような時に用いるのだろう。
猫子は過去に読んだ書籍の内容を思い出しながら、再びため息をついた。
(溜息ばっかりだなぁ)
溜息を吐きだすたびに幸せが逃げていくという俗説が本当だとするなら、いくつ手元から去っていったのだろう。
今の猫子の心を暗くさせるには真贋もわからぬ風聞でさえ十分な効果があった。
このようなどうでもよい想像を膨らませ、猫子ははっと我に返る。
そうして、限られた時間を浪費したことや無駄遣いの後に来る労苦を憂いながら、また後悔に囚われるのである。
昨晩からこの調子でどうも思うように頭が働かない。
猫子はことさらに深く長く息を吐き出して、また青い鳥がかごから出たのだなと思った。
これではデフレスパイラルではないか、と猫子は暗い表情を色濃くしたが、この現状を打破することは敵わない。
改めてこの問題の難解さを確認して、一つの事実に気付く。
(もう学校だ!)
気付けば毎日のように通う学び舎が眼前にあり、猫子は思わず顔を驚きに歪めた。
学生の何人かは驚きに染まった猫子を見やるが、すぐに前を向いて歩き出していく。
(は、恥ずかしいなぁ……!)
猫子は頬を赤く染めて、顔を両手で覆い隠した。
普段学校で目立っているといいがたい猫子にとって、この様な大したことのない行為でも周知を覚えるには十分なものであった、
意識的に目立たないようにしている、と言い換えたほうが正しいか。
猫子とて明るい青春というものに憧れない訳ではない。
しかし、憧れと現状は別であるとも認識していた。
自分は、そういう物が苦手だ。
だからこそ、猫子はひっそりと目立たない立ち位置にいることを選択した。
だが、一方で猫子はその憧れをいまだに捨て切れていない。
自覚はしている、それが欠点なのだともわかっている。
けれど、同時にその煮え切らなさが自分自身でもある。
その狭間で悩み苦しみ、うじうじとしているのが作来猫子なのだ。
羞恥に共鳴したコンプレックスを内に抱き、猫子は校門をくぐった。

時間は少しばかりすぎて昼休みである。
食べ終わった弁当の包みを閉じて、机に頬杖をつく。
猫子は返答が待ちきれない照美が尋ねてくるのではないかと予想していたのだが、そんなことはなかった。
どうやら大人しく放課後まで待つらしい。少しばかり、拍子抜けである。
よいことのはずだ。それ自体に間違いはないのだが、胸騒ぎがする。
(どうすればいいんだろ)
徹夜でここにきているということも手伝ってか、上手く頭が回らない。
学校に着てみれば何かがわかるのではないかと甘い希望を抱いていたが、それは粉々になって打ち砕かれる。
(とりあえず歩いてみようかな)
眠気が沸いてくるのもあり、気分転換もかね猫子は教室の外へと繰り出してみることにした。
途中で照美に会わないことを祈りつつ。

中庭を通り過ぎ、体育館の喧騒をちらと眺め、最後にたどり着いたのは全ての元凶となる下駄箱である。
実際は一日も過ぎてはいないが、遥か昔のことのように感じられた。
それはきっと、猫子にとって予想もしていない体験だったからだろう。
なにせ、初めて人に思いを告げられた上に、それが同姓であったのだから。
(手紙なんか入ってたりして)
猫子はそんな自身の考えにありえないだろうと頭を振ったが、完全に否定はできないでいた。
(差出人は女の子。また屋上に呼び出されて、それで……)
なんとなく不安に駆られて、あけるだけあけてみようと、猫子は下駄箱の扉をそっと開いた。
そして、中を除くと同時に猫子は驚嘆する。
「えぇっ!?」
入っている。
紛れもなく入っている。
目を凝らして、自分の間違いだろうとなんども目を擦り、問題の下駄箱を見やるが、入っている。
図らずも大きい声を出してしまったことに猫子は顔をしかめるが、幸いにも周りには人が誰もおらず、ほっと胸を撫で下ろす。
そうして今度は慌てて下手箱の中の手紙を取り出した。
全く持って忙しないなと思うが、事態が事態なだけに仕方がない。
照美のものとは違って白い普通の封筒である。
特に何かがあるわけでもないが、差出人の名前は書かれていなかった。
この手の文章――といっても決まったわけではないが――には名前を書かないのがルールなのだろうか。
確かに手紙のほうが奥ゆかしくはあるし、テンプレートが存在するだろうから、そうといわれればそうなのかもしれないが。
(告白とかじゃないよね?)
否定してほしい一心でそう思ってはみるものの、ここにいるのは猫子ただ一人である。
名も知らぬ何かに祈りながら、猫子はおそるおそる封を切った。
飾り気のない白い便箋に丁寧な字で一文が添えられている。
放課後に屋上で待っています。
そのお決まりの文句が目に飛び込んでくると猫子は肩を落とした。とかく、この世は髪も仏もない。
待っててねと書かれていなかったのがせめてもの救いではあるが。
けれど、場所はよりにもよって屋上である。
(放課後返事もしなきゃいけないのにぃ……)
上手な告白の断り方など、猫子は知らない。
それを教えてくれそうな人は、猫子の周りにはいない。というよりかは友達が居ない。
本人にでも聞けばよいだろうか。なんて断ったらあきらめてくれますか?
いやいやいや。それこそありえない。最低な女である。
迫りくる現実を回避する術を思案しつつ、猫子は再び時の渦に流されてゆく。

いよいよ放課後である。
友達から始めましょう。これが無難で角の立たぬところだろう。
ようやく一応の考えを纏めた猫子は、連日に渡って呼び出しが発生するのはどのくらいの確率かを考えていた。
計算不能。奇跡的であることは間違いない。
そして悲しいかな、その相手は同性である。
珍奇な状況に輪をかけて奇怪さが増したところで、笑い話の種にもなりそうになかった。
もとより行くしか道は残されていないのだ。
足取りは重く、道のりは遠く感じられる。
それでもいつかはたどり着いてしまうことは必定で、猫子は屋上の軋む扉を開けた。
空を見ればさんさんと陽光が降り注いでいて、外を明るく照らしている。
その天然のライトを背景に少女が後ろ向きで立っていた。
後ろ向きなので顔は見えないが、ストレートの黒髪は、背の中ほどまで伸びている。
その艶やかな髪を風が撫でた。
来訪者に気づいたのだろう。少女がこちらに振り向く。その動作はどことなくぎこちない。
切れ長で垂れ気味の目元がこちらを見る。緊張と優しさの入り乱れる視線が猫子に注がれる。猫子は居心地悪くそれを見つめ返す。
そして細くとおった鼻と少し厚めの唇が目に入った。規則正しく着られている制服と、陶磁器のように白い肌が儚げだ。一般庶民が思うような、良家のお嬢様のイメージそのままである。
(きれいな人だなぁ)
猫子はそんなことも思う。次に、この展開へのデジャブを感じていた。
言わずもがな、昨日の一件である。照美事変と名づけよう。
位置こそ反対であるが、口を利くことさえなくお互いを見ている点は同一だった。
(最初って必ず見つめあうものなの?)
一度の経験があるがゆえに猫子はこのようなことを考える余裕があった。
照美よりかはまともそうである、というのも大きい。
それでも緊張はしているのだが。
照美といえば、彼女もこの屋上に来るのだ。なるべく遅くなってほしい。
「こんにちは」
猫子がそんなことを考えていると少女から挨拶をされる。
垂れ気味の目じりが更に下がる。反対に口元はつりあがって、笑みを形作った。
言葉が音として猫子の耳に流れこんでいく。水面にできる波紋のような、静かできれいな声だった。
「こ、こんにちは」
ついついどもってしまう。なんだか格好悪い。
「お待ちしておりました。作来猫子さん」
少女は言う。
視線にも身長にも随分と高低差がある。加えてスタイルにも激しい差異があった。
猫子は少女を見上げる形になり、スタイルもこちらの方が幼い。
負けている。すべてにおいて、負けている。
そんな落胆を隠しながら、猫子は返答した。
「……手紙の人です、か?」
一応の確認のため、猫子は聞いてみることにする。
「はい」
少女は簡潔に答えた。少し頬が赤くなっている。
「え、えと、もう知っていると思うんですが、作来猫子といいます」
同じく猫子も頬を赤く染める。いつまでたっても自己紹介は気恥ずかしい。
「これはどうもご丁寧に。私は牛ヶ咲すささと申します」
少女が優雅に頭を下げる。顔は変わらず笑顔である。
猫子もそれにつられて一礼する。そのまま二人でしばらく頭を下げあう。

「ほ、本題に入りましょうか」
すささが苦笑して話しを切り替えた。そして、ピアノの線のように張り詰めた緊張が屋上を支配する。
すささの顔は少しばかり険しいものになり、勇気を搾り出そうとしているのが見て取れる。
「は、はいっ」
猫子も思わず身構えてしまう。そして、少しだけ悲しい気持ちになった。
すささの好意を断る。それはとても残酷なことではないのか。
猫子は嫌だった。誰が相手であれ、悲しませるのはいい気分ではない。
では付き合うのかと問われたら、首を横にふるしかない。
まず猫子は相手のことを全く知らない。相手だって言わずもがなだ。
「作来猫子さん!」
すささが大きな声で名前を呼んだ。
「ひゃ、ひゃい!?」
思考の世界から現実へと呼び戻された猫子は突然のことに素っ頓狂な声を出してしまう。
どうやらすささの覚悟が決まったようだった。
「わ、私の妹になってください!」
「ご、ごめ……え?」
すささの言葉に反射的に断りをいれようとした猫子だったが、その言葉は最後まで言い切られることはなかった。
変わりに、目をぱちくりとさせて、間抜けな声をあげる。
(今、妹って言わなかった?)
おそらくは自分の聞き間違いだろう。
けれど、聞こえてきたのは紛れもなく妹という単語であった。英語で言うならばシスターである。
「あ、あのー、もう一度お願いしてもいいですか?」
猫子は問う。自分の耳がおかしくなったと考えたいところだが、猫子の体はいたって正常である。
自分がこのタイミングで聞き間違いをするとは思えないが、すがるような目で猫子は問うた。
「わ、私の妹になってください!」
やはり、現実であるようだった。
目を閉じ、こちらへ向かって頭を下げるすささからは焦燥感が見て取れた。そのくらい、真剣なのだろう。
「い、妹?」
彼女でもなく、友達でもなく、まさかの妹である。
「はい! 妹です! 英語で言うとシスター、マイシスターになってください!」
言語の問題ではない、と猫子は突っ込みたい衝動に駆られたが、どうにも言い出せそうにはない雰囲気だ。
(待って、わかるように話して!)
昨日とは別の意味で面倒臭い状況だ。
頭を必死に下げつつ、今にも泣きそうな顔をしているすささ。
今のところ身の危険はなさそうだが、風雲急を告げる展開である。
告白ならまだしも、妹になって欲しいなどどう断れというのだ。見当もつかない。
まずは理由を聞いてみよう。会話をしてみよう。おずおずと猫子は口を開く。
「なんで、その……妹なんですか?」
すささは人差し指で髪の毛を弄りつつ、顔を横に背ける。
「か、かわいかったから……」
そして赤面しつつ、小さい声でつぶやいた。
「今のすさささんの方が可愛いと思うんだけどな……」
なんだか、面と向かってかわいいといわれると気恥ずかしさが出てきてしまうのだ。
性格を鑑みる限り、すささもそうなのであろう。
もし口に出した場合の反応が怖い。益々混沌とすることは間違いないからだ。
「あ、ありがとうございます」
当たり障りのない返答をしようとするも、上手く言葉を返せない。人に容姿をほめられることがまずない、ひとりぼっちの悲しい性である。
「かわいい、だけじゃわかりませんよね。それでは、最初からお話ししましょう!」
「はい……お願いします」
すささのテンションが妙に高い。先ほどから喜怒哀楽がころころと変わるのが、少しばかり恐ろしい。
それでも、しばらくは聞き役に徹していよう。猫子としても気になるところではある。
「私は幼い頃より、ずっと妹が欲しいと願っていました。ですが私は一人っ子ですし、今から妹を作ってとお願いをするわけにもいきません。そんなある日、私は名案を思いつきました! 妹がいないならば妹を作ればいいのです! 天は姉の上に妹を作らず、妹の下に姉は作らずと福沢諭吉も言っていることですしね!」
興奮ですささの頬が紅潮する。それと、福沢諭吉はそんなことをいっていない。
「しかし誰彼構わず妹には出来ないので、私はこれはと見定めた女の子にだけ声をかけることにしました。……中々見つからず半ば諦めかけていたその時、私は天使を見つけたのです!」
ささらは饒舌になって、とうとう身振り手振りを駆使し始めた。
「教室に一人佇む物憂げな姿! 人形のような華奢な体躯! 弱弱しくゆれる瞳! いいところをあげればキリがありません! ともかく、それがあなただったのですよ作来さん!」
昨日と同じような展開に猫子は若干辟易としつつも、半ば威圧感に気おされるようにしてこくこくと頷く。
「そのときに私は決めました! あなたを妹にしようと! さあ桃園の誓いを今ここで!」
冷静に猫子は桃園の誓いは意味が違うと指摘したかったが、それは焼け石に水であると悟る。
ただ、無残な結果に終わろうと、これだけは指摘しておきたかった。
「あの、一ついいですか?」
「はい、なんでしょうっ!?」
すささは息を荒げている。その熱意が、単純に怖い。
「そもそも妹になれないと思うんですけど……」
猫子の問いに、すささは感極まったのか涙を流す。
(え、えっ? 何で泣いてるの?)
次に、猫子の心配とは真逆の言葉がすささの口から飛び出した。
「な、なんて優しい子なのかなっ。迷惑をかけてはいけないと自分の気持ちを押し殺してまで姉を立てるその姿勢! うぅ、ぐすっ……大丈夫よ作来さん。社会のしがらみを乗り越えて一緒に幸せになりましょうね! お姉様でもお姉ちゃんでも姉ちゃんでも姉上でもあねぇでも姉貴でも姉君でも姉ちゃまでもねえやでも姉たまでも姉さんでも私呼び方は何でもいいから!」
(どういうことなのー!?)
どうやらすささの色眼鏡を通すと今の台詞は姉と慕いたいけれど、姉を思えばこそ身を引く妹となっているらしかった。
ピントがずれているどころの騒ぎではない。
「い、いえあの、そうではなくてっ!」
「わかってるから、言わなくていいんですよ……作来さんの気持ちはよくわかってます」
すささは溢れ出んばかりの涙を拭うと、猫子に向き直って、笑った。
先程の上品な、外行きのものとは違って、家族に向ける類の親愛を示す笑顔だ。
どうしよう。何を言おうと、この雰囲気の前では立ち消えになりそうだ。
告げるべき言葉が見つからず、嫌にムードがでてきたその時である。



ドアが開いて、女生徒が一人歩いてくる。すささの姿を認めると、鬼のような速度でこちらへと走ってきた。言うまでもなく高馬照美である。
「ちょっと待ったぁっ!」
驚きに目を見開いたすささと、困惑を隠しきれない猫子の間を遮るように、照美はその身を割り込ませる。
「て、照美!? なぜここに!」
「こっちの話しだっての! それと先約はあたし!」
すささと猫子の距離を離して、自身も二歩引いた。三角形を形成したところで、照美が声を荒げる。
猫子はこの事態を歓迎していなかった。出来れば話が終わってから来て欲しかったというのもあるが、この二人の口ぶりから察するに知り合い同士のようだというのが大きい。
仲はあまり良好とは言えなさそうで、どうにも案配が悪そうな気配である。
「照美が私の可愛い可愛い妹に何の用ですか? 教えてくれますよね? 私は姉として、妹を守る義務がありますからっ」
すささは上品な笑顔を浮かべて尋ねる。目は全く笑っていない。
照美もまた今の発言に顔をしかめた。姉や妹の辺りで反応したのだろう。
「あたしは返事を聞きにきたの。誰かさんより先に昨日告白したからさー。だよね、猫子ちゃん?」
「は、はい」
二人の仲が険悪だということに確信を抱きながら、猫子が肯定する。
「あ、猫子ちゃん敬語なんて使わなくていいよー? あたし達同じ学年だし、これから猫子ちゃんはあたしと熱々のカップルになることが決まってるわけだし?」
「わ、わかった。敬語はやめるね」
恋人になるかどうかはともかく、猫子としても敬語は息が詰まるので都合のいい提案だった。
「わ、私にも敬語はいらないわ作来さんっ! ううん。猫子さんっ! それと、あの人のことは無視していいですからね?」
慌ててすささもそう告げた。
「う、うん」
猫子が答える。
「勝手に場を仕切らないでよね。シスコンホルスタインの分際でっ……さっ猫子ちゃん。それじゃ聞かせてちょーだい!」
「あ、あれから徹夜でずっと考えたんだけど――」
「――金輪際私の大事な妹に近づかないでいただけないかしら? 猫子さんは目の前にぶら下がってるにんじんじゃないのよ?」
お友達から、と言おうとした所で、すささが割り込んできた。
「私は妹じゃ――」
「――解体されたいのかなー、この雌牛は。一々姉を気取ってヒステリー起こして、牛にも更年期障害ってあんだねー! まずうるさいタンから引っこ抜こっか?」
否定しようと口を開くが、今度は照美に遮られてしまう。
猫子が口を挟む間もなく、二人は事態を発展させていく。
変に盛り上がられても困るが、どうしようもない。
「猫子さん、今日のおかずは馬刺しですよ。一緒に頂いてからベッドの上で語り合いましょ?」
すささはそう言いながら猫子に近寄ろうとする。
しかし、照美が一歩前に進み。それを牽制する形となった。
「勝手に猫子ちゃんに色目使わないでよね、クソアマ!」
ついに二人は顔を突き合わせて、睨み合いを始める。
「ク、クソアマですって!? 尻軽女がいけしゃあしゃあと……! 調子に乗らないで欲しいわっ! 私は姉妹愛に則っているだけです!」
「そもそも血繋がってないなら姉妹でもなんでもないじゃん! それにあんた話したの今日初めてでしょ!」
照美の口からまともな言葉が飛び出してきたことに心中で驚く。
「言いますー! 誰が何と言おうと姉妹なんですー! 出会って三十分しか経ってなくても姉妹ですー! 愛は時空も前世も全てを越えますぅー!」
間違いなくそれはない。
「無茶苦茶言うんじゃないわよ! それに猫子ちゃんはあたしと付き合うんだから! あんたは家に帰って妄想でもしてなさいよ」
いや、間違いなくそれもない。
「まだ言質も得ていないのに恋人気取りですか? あなたこそ自意識過剰はなのではっ!?」
「じゃああんたはオッケーもらったわけ?」
「猫子さんは妹になれないって不安そうな顔をしてました! 私のことをこれほど気遣って……これは遠まわしな了承に違いありません!」
「了承どころか断られてるじゃん! あんたどんな理解の仕方してんの!?」
(どんな勘違いしたらそうなるの!?)
同時に突っ込む。
「馬に心の機敏を分かれというのは難題でしたか……」
「馬じゃないです高馬ですっ! 大体それならあんたは牛でしょ!」
「牛じゃないです牛ヶ咲ですっ!」
(私は猫かな……)
半ば現実逃避である。
「それにね、あたしはあんたと違って物証があんの」
自分の胸を指し示すように叩く。
猫子は目を見開いた。ああ、悪い予感がする。
いや、予感ではない。これはもっと確信めいている。
「ちょ、ちょっとっ!」
「おっぱぁい!」
慌てて呼びかけるが照美は止めない。
むしろ嬉々として自身の二つの膨らみを主張し始める。
「な、なにをいってるんですの?」
とうとう頭がおかしくなったか? といわんばかりの顔つきですささが問うた。
それはそうだ。事情を知らなければ猫子だってそんな反応をするだろう。
「だからおっぱい。あんたにだってついてんじゃん。それ」
一切の説明をはさまず、照美は再び胸を叩いた。
「それが……なにか?」
「ふっふーん! あたし、昨日揉まれたの!」
顔を高く上げ、自慢げに照美は言い放った。第三者が聞いたら絶句するような内容を堂々と、憚ることなく。
「た、高馬さんっ!?」
驚天動地の告白を阻むように猫子は大きな声を出すが、この流れを止めることは不可能に近い。
「こ、故意ではなく、ですか? 受動的に?」
信じられないといった様子で、すささが尋ねる。
「だから揉まれたって言ってるじゃん。あたしその時気絶してたしぃ?」
余裕を声色に滲ませて、照美は笑う。相変わらず勝ち誇った顔で言うようなことではないが。
「くっ! 流石は私のライバルですわね……!」
すささは悔しそうに歯噛みしている。
「邪魔者は静かになったし……さあさあ! お待ちかねの返答タイムといきますか!」
両腕を上に開いて告げる。それに対して誰も異を唱えることはなかった。猫子は当然だが、すささもことの成り行きを見守るつもりのようだ。

紆余曲折はあれ、照美もすささもそれぞれ思いの丈を打ち明けてきた。
それに答えるのは自分の義務だ。ここでの曖昧な返答は彼女達に対して失礼でもある。そんなことは、猫子にはできない。
ならばやることは一つしかないのだ。そもそも最初から決まっていたのだから。
段々と霞が晴れ、思考が冷静になっていく。疲労は一周回って、猫子に追い風を送っている。今なら、頑張れる。
「き、気持ちはすごく嬉しいんだよ! でもね、まだ私達お互いのことよく知らないと思うの。だから……初めてのお友達になってください!」
頭を必死に下げながら、猫子は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
不恰好ではあるかもしれない。けれど、これは猫子の素直な気持ちだ。
恐る恐る顔を上げると、呆然としている照美が目に映った。
それもそうだろう。ついさっきまで成功を確信していたのだから。
「ふ、ふふふふふっ! 高馬照美敗れたり! 一時はどうなることかと思いましたが、しかしっ! 姉妹の絆には敵わなかったようですね!」
照美の失敗によって調子付いたすささがまくし立てる。すっかり息を吹き返したようで、随分と機嫌がいい。
そんな挑発も意に介さず、照美は無言を貫いている。口角が心なしか上がっているように見えた。
「だ、大丈夫かな」
落胆のあまり、おかしくなったりはしていないだろうか。
「こ、今度は何を企んでいますの?」
すささもその様子に不安を覚えたのか、いぶかしむような視線を送る。
「あっはっはっはー! 勘違いもほどほどにしたまえ皆の衆!」
突如として復活した照美は高笑いを浮かべ、間違いを窘めるように言った。
「あたしは凹んでない! むしろ今すごいハッピーだよん。最後に、すささ……負けてんのはあんたの方」
「えっ!?」
意外すぎるその言動に、猫子は驚嘆していた。
好意を抱いたからこそ告白をしたのではなかったのか? ならば、満足しているのはなぜだろう。
「何が言いたいのですか?」
すささもいまいち読みきれてはいないらしく、照美に説明を求めた。
それなりに付き合いが長いであろうすささにもわからないことが猫子に判断できるはずもない。
「猫子ちゃんはね、初めての友達になろうっていったんだよー? 初めて、この甘美な響きっ! しかもまだ断られたわけじゃないし!」
「ということは……」
言外に含んだ意味を感じ取ったのか、すささが眉根を寄せる。
「一番手にはなれないってこと! にひひ、悔しいでしょ? めっちゃ悔しいでしょ!」
「ぐぬぬ……ぐぬぬぬぬぬ」
返す言葉が見つからなかったのか、すささはがっくりと肩を落としてうなだれた。
「というわけで、猫子ちゃんの初めてはあたしがもらいうけました! これからもよろしくね!」
そう言うと照美は猫子へと歩み寄って手を差し出してきた。握手の格好だ。
「な、なんか嫌な言い方だけど……うん、よろしく!」
猫子もおずおずと手を握り返す。
「いやいやーただの友達だよん? 今のところは」
手を繋いだまま、照美が言う。猫子の感触を堪能しているのか、指の動かし方を変えてみたり、力に強弱をつけてみたりしている。
今の発言の後にその様な行為に及ばれると、猫子としては非常に不安であった。
「高馬さん……そろそろ離してくれない、かな」
自然に抜け出そうとしたが、がっちりと固定されている。
「このままでいいっしょー、このままで。このまま帰ろう」
照美はそう言うと、猫子を引っ張って屋上から出ようとする。
「牛ヶ咲さん、まだいるよ?」
だが、すささを放っておくわけにもいかない。なので、照美に呼びかけてみることにする。
「牛なんていないよー、猫子ちゃん。負け犬ならみたけどね」
「牛でも犬でもないです! 牛ヶ咲です! 私を無視しないでいただけませんか!」
すささが不満げに唇を尖らせる。
それに呼応して猫子が、
「そうだよ高馬さん。牛ヶ咲さんだって二番目にできた大切な友達なんだから」
と照美を咎めると。
「二番目! この言葉なかなかきますね……!」
すささが苦虫を噛み潰すような顔をした。
ダウン寸前のボクサーの如し、である。
「ならば、方向性を変えますっ!」
そう言って距離を詰めたすささは、照美の反対側へ回った。
そのまま自らの腕と猫子の腕を絡めて身体を寄せる。腕組みだ。
「きゃあっ!」
すささのたわわに実った乳房が押し付けられて、なんともいえない気持ちになった。
「あんた、なにしてんのよ!」
照美も予想外だったらしく、声を張り上げた。
「これぞ姉のポジション! いわゆる姉ポジ! はじめての腕組みはいただきましたよ!」
こうなると売り言葉に買い言葉である。
二人は、両耳の近くで威勢良く口喧嘩をしている。
犬猿の仲とはよくいったものだが、この場合はどうだろう。馬牛の仲か。
照美の告白から続いたこの二日間は良好な結末で終わりを迎えそうだった。
(馬と合う、なんてね。ちょっとうまいかな?)
心中でドヤ顔を決めて、猫子は考える。
この後、人と会ってしまったらどうしよう。いや、確実にそうなるだろう。ここは学校だ。
そうなったときにどう対応をすればいいのか。
それに、この喧嘩はいつ止むのだろう。暑いし、いい加減離れてくれないだろうか。
まあ、それでも。今日のやり取りよりは大分マシだろうけど。
似合わないな、と猫子は思うが、嫌な気分ではなかった。
高校で初めてできた友達。それに複雑な思いを感じつつ、猫子は何度目かの溜息を落とすのだった。
[PR]



by u-pa-ru-pa | 2014-06-08 20:19 | 小説

ロゴ画像はFRさんに描いていただいたものを使用させていただいています。小説とか書いてます
by u-pa-ru-pa
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

リンク

椎名桜の日々の出来事を叩きつけるブログ(仮
管理人 椎名 桜様
メガネ、褐色、巨乳率高めなお絵かきブログ。
やべぇ絵がエロイ。アニキ超エロイ。
そして毎日叩きつけとか俺も見習いたいもんです


Stabilityrooms(安定の部屋)
管理人 安定様
萌えを描き続ける癒し系創造空間。ほんわかした空気でとりあえず癒されて来い。話はそれからだ

大雑把な桃源郷。
管理人 玖条 柳様
物書きを目指す者のテリトリー。常に固有結界「サンクチュアリ」が周囲を覆っており、故にそこは桃源郷と称え称される

独身貴族ボヘミアンズ
管理人 司様
BLもGLも何でも来いな司さんのサイト。面白いコンテツも豊富で、ギルティギアのアクセル攻略もあるんだぜ!

Shadowbox
管理人 浅禾様
スパロボや勇者シリーズが大好きな浅禾さんのサイト。HPのメインは小説の創作と日記。特に日記が面白い

今だ!奴に女装をはっつけろ!
管理人 黒子様
連ザとかガンダムのカードゲーム等がメインの黒子さんのブログ。後はリセやカマキリも取り扱ってます

BLUE SKY OF IMAGINE
管理人 稲城様
綺麗なイラストが置いてある稲城さんのHP。
メインは勿論絵で、ブログもやっています。


砂で作った一夜城
管理人 電崎雷蔵之介幸宗様
現代日本において尚武士の心を忘れない雷蔵さんのブログ。話題は映画とか筋トレとか。

水蓮の池
管理人 水蓮
リアル友人水蓮のブログ。主な話題はポケモンや日常の事。ポケモンが好きな方は迷わずGO!

ラジオ用の掲示板
管理人 カイデン
たまにラジオやります。二人でもやったりするぜ!

ブログパーツ

検索

ファン

ブログジャンル

画像一覧